銀の馬車道―日本初の高速産業道路 兵庫県・生野〜姫路(飾磨港)までの銀の馬車道
(姫路城・柳田國男生家・リフレッシュパーク・ヨーデルの森・生野銀山)
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沿線寄り道スポット【福崎】
AREA SIGHTSEEING-FUKUSAKI
辻川地区には、江戸時代に建築された「大庄屋三木家」をはじめ、神崎郡歴史民俗資料館(明治19年建築、旧神崎郡役所)、日本民俗学の父「柳田國男」の生家など、歴史的遺産が残り、多くの来訪者があります。また、中国自動車道と播但連絡道路の交差する交通の要衝として工業も盛んな一方、七種の滝、「沙羅の花」が咲く應聖寺など、自然や歴史も感じることができる、多彩な姿を有する町です。
大庄屋三木家(県指定文化財)
大庄屋三木家(県指定文化財) リンク 地図
三木家は英賀城主の後裔と伝えられ、江戸時代の初めに辻川に移り住みました。三木家はこの地域に大きく貢献したので一揆によって焼き払われることなく今日に至ります。代々姫路藩の大庄屋をつとめ、地域の文化面にも多大な影響を与えました。民俗学の父柳田國男も10歳の頃1年間あずけられ、ここの蔵書を読むことによって学問の基礎を築いたといわれています。
三木家住宅のうち古い建物は300年以上にもなり、姫路藩の大庄屋の屋敷構えを知る貴重な文化遺産であるとともに福崎を代表する文化遺産でもあります。
平成16年に建物を譲り受け、現在は福崎町所有となっています。
柳田國男生家(県指定文化財)
柳田國男生家(県指定文化財) リンク 地図
"日本民俗学"という新しい学問を開拓・確立した柳田國男の生家は、辻川通りから移築され眼下に町並みを見下ろす緑豊な山腹にたたずんでいます。家は間口5間、奥行き4間、土間、3畳間と4畳半の納戸、3畳の台所といったいわゆる「田の字型」民家で日本民家の原初形態です。國男はこの生家を「日本一小さい家だ」といい、そこから民俗学への志も源を発したといってよいと著書『故郷七十年』の中に記しています。
(財)柳田國男・松岡家顕彰会記念館
(財)柳田國男・松岡家顕彰会記念館 リンク 地図
文化勲章を受章した民俗学者柳田國男(旧姓松岡)は、明治8年(1875)に父・松岡操、母・たけの6男として生まれ、その兄弟には、医学者の松岡鼎、歌人の井上通泰、言語学者の松岡静雄、日本画家の松岡映丘らがおり、それぞれの道の第一人者となっています。
その英才兄弟の偉大な功績を収蔵・展示品などで公開しています。
神崎郡歴史民俗資料館(旧神崎郡役所)(県指定文化財)
神崎郡歴史民俗資料館(旧神崎郡役所)(県指定文化財)
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明治19年に神東・神西郡役所(後に神崎郡役所と改称)として建てられた建物です。
昭和57年、現在地に移築・復元し、資料館として開館しました。
ギリシャ建築様式を取り入れたニ段式の玄関や手作りの階段手すり、元郡長室の暖炉など、文化財的にもすぐれた明治建築です。
明治初期の木造建築として高く評価され、政治的・歴史的な文化の遺産として地域の文化向上に役立っています。
鈴の森神社
鈴の森神社と狛犬 地図
「うぶすなの森の山もゝこま狗はなつかしきかな物いはねども」
柳田國男は幼少の頃、狛犬にのってよく遊んだということです。
ヤマモモの木と狛犬、國男の幼少の思い出が詰まっています。
鈴の森には昔、播磨の神々が集まったといいます。
伝説と思い出を狛犬が語りかけるように・・・。
もちむぎのやかた
もちむぎのやかた リンク 地図
もち麦は福崎周辺で古くから栽培され団子として食されていました。
ベータグルカン・高タンパク・高ミネラル等その栄養価の高さが改めて見直され「もちむぎ麺」と姿をかえ、美味名物・健康食品として全国へ名を広めています。
館内では、もちむぎ麺の製造工程を見学でき、特産品を展示・販売もしています。
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